ウェビナー「デジタルが導く地方創生の未来」レポート
本セミナーは、2022年11月、エバンジェリストの林 雅之氏をモデレーターとして、New Stories代表・Code for Japan理事の太田 直樹 氏、元エストニア政府機関e-Residency戦略アドバイザー・一般社団法人デジタルアイデンティティ推進コンソーシアム理事/xID株式会社代表取締役CEOの日下光を迎え行われた。セミナーの中では、「デジタルが導く地方創生の未来」をテーマに、今後のキーワードとなるであろう「規制改革」「ライフスタイル変革」「デジタル基盤の整備」を取り上げながら、地方活性のために官民それぞれの立場に期待されることなどについて論じ合われた。
なぜ今地方なのか?なぜデジタルが必要なのか。
林氏)本日のテーマ「地方創生のすすめ 地方DXの現在地と未来への挑戦」というテーマだが、“なぜ今地方なのか?なぜデジタルが必要なのか”について聞いていきたい。
太田氏)地方創生を知ったのは7年前で、正直そこまで感心はなかった。そこから地方創生に関わるようになり分かったことが2つある。
1つは、日本では地方創生が30年前に始まり、竹下内閣の時に「ふるさと創生」という形で全国の自治体に1億円ずつ配ったが、30年経ってもそこまで成果が出ていないこと。2つ目は、海外も日本と同様に地方創生がうまく行っていないこと。海外でも日本と同じように都市と地方格差が広がっている。私が国の仕事をしているときに、中国のビジネススクールの人と話す機会があった。中国でも地方創生は課題で関心はあるが、うまくいかないとの意見があった。 “なぜ今か”というところだが、地方創生とデジタルを掛け合わせた岸田政権のデジタル田園都市国家構想が政策の柱になったことが契機になったと思う。自治体や中央省庁がITで使用する予算は年間1兆円ほどあり、その中でGovtech(ガブテック)(※1)や新規参入企業による新しいサービスの創出も行われる。例えばモビリティや医療、教育といった分野でサービスが創出されると思う。そしてそれらの新しいサービスが展開されるフィールドが、地方に出来るスマートシティ(※2)ということなる。
ただ世界を見てもスマートシティでの成功例はあまりない。技術企業のロジックだけで走っているものが中心になっている。日本においてもスマートシティの実証実験をやっているがあまりうまく行っていないようだ。こういった現状をしっかり踏まえながら未来を描いていくことが必要だと思う。地方創生をデジタルと組み合わせてやろうとしていることは面白い取り組みで、新しい可能性だと考えている。官と民が協力してトライアルしていくことが重要だと思う。
デジタル田園都市国家構想とは?
林氏)デジタル田園都市国家構想について考えていることを具体的にお聞きしたい。
太田)内閣府広報が出しているデジタル田園都市国家構想に関する約2分間の動画(※3)がある。動画の内容は、自動運転やドローンなどのテクノロジーを地方に持っていくと生活が便利になる!といった内容だ。ただ動画の内容は、10年前に我々が想像していた地方のデジタル化とほとんど変わっていないと思う。実際に地方は変わっていないので、“何か”が足りないと思っている。その“何か”に目を向けて、技術だけではなく制度のイノベーションを起こしていくことが、デジタル田園都市国家構想で問われていることだと思う。
林氏)続いて日下さんにも同じように、なぜ今地方なのか、デジタルが必要なのか、先ほどお話で出たデジタル田園都市国家構想についても具体的にお聞きしたい。
日下)私が住んでいたエストニアは沖縄県民と同じくらいの人口が九州ぐらいの土地に住んでいて、地方という括りがなく、デジタル化が比較的簡易であった背景がある。一方で日本国民1億3000万人に単一のサービスを提供すると考えると難しい。さらに日本は、地方ごとに様々なステークホルダーがいて、それぞれの困り事を地方の首長が解決しようとしてきた。今までは東京一極集中という背景もあり、地方を良くしようとすると東京まで行ってコネクションやサービスを手に入れる必要があったが、デジタル化によってオンラインで済むようになり、東京まで行く必要性が薄れてきている。デジタルによって地方に新しい可能性が生まれていて、その点において私は、地方に注目している。 太田さんのお話の中で地方創生が1987年からやっていると聞いて驚いた。私は1988年生まれだから、私が生まれる前からやっている。これまでのデジタルは、今まで世になかったものを作ることが中心だったと感じている。しかしこれからは、今まで人間がアナログでやっていた、面倒なことをデジタル化することになると思う。人間のやっていたことがロボットに置き換えられる、奪われる、ではなく、みんながやりたくないことをAIやテクノロジーで解決していく、それがスマートシティやデジタル田園都市国家構想で本当に解決していかなきゃいけないことだと思う。
海外から学ぶところ。
林氏)海外の事例を、どう日本の地方に活かしていくのか。その点をお聞ききしたい。
日下)正直海外の事例を日本で活かすことは難しいと思う。海外の事例の丸パクリでうまくいくことはない。エストニアみたいなことをやりたい!で失敗している地方の事例を多く見てきたので、丸パクリではなく、ローカライズして地方に合わせた施策を行うべきだと思う。 また日本は制度がガラパゴス化していることが課題だと思う。エストニアのGovtech(ガブテック)企業は、国内に大きな市場がなく、外国に出ても売れるように、国際標準に合わせて作られている。つまり国内でパイの取り合いがなく、企業や国が一丸となって国難を乗り越えて海外に売っていっている。 日本は国内で市場がそれなりに大きく、少しのパイをとってしまえば生きていけるので、それが危機感を減らしている。結果国外で通用しないガラパゴス仕様になってしまい、国外で戦えなくなってしまっている。海外を意識したジャパンモデルをつくって輸出するということが重要だと考えている。
エストニアのデジタルIDの盛り上がりは?
林氏)エストニアはデジタルIDの取り組みが盛んだが、日本での展開は可能か?
日下)エストニアにも、日本のマイナンバーと同じような政府が発行しているIDがある。15歳以上はカード取得が義務化され、「エストニアeIDカード」の普及率は99%になっている。エストニアにおいてID制度は今から20年以上前にできており、「エストニアeIDカード」を活用したデジタルIDアプリ「Smart-ID」を利用することで、あらゆる行政サービスが、スマホ1つで出来るようになっている。日本でも、同じようにマイナンバーカードの公的個人認証サービスは進んでいて、国も民間もマイナンバーカードの利活用が行われはじめている。エストニアでは、官民で使うためにUIUXが工夫されていたり、隣国ラトビアなど海外の国と共同で使える観点も考えて作られている。そういったところは参考にすべきだと思う。
マイナンバーカードの賛否について。
林氏)マイナンバーカードは、日本において賛否両論が出てきている。その点、太田さんのご意見をお聞きしたい。
太田氏) 行政や社会保障の手続きをする際など、デジタル上で何らかの形で自分であることを証明しないといけないことがある。自身を証明するツールにおいて、普及度と信用レベルを考えると、マイナンバーカードは個人認証ツールの中で最強なのではと思う。日本のマイナンバーカードは可能性があると思うが、今はそれが可能性で終わっている。今後マイナンバーカードの可能性とサービス、それらをどのように結びつけるかが大事だと考えている。
マイナンバーカードと地方創生。
林氏)マイナンバーカードの可能性と地方創生は、繋がってくるのか、お聞きしたい。
太田氏)地方創生はデジタル化が重要。行政DXと民間サービス、その中間領域のサービス(民間事業者のサービスとして行われている医療や介護、教育、防災、一次産業など)が、人が少なかったり、赤字事業になったりと課題が多い。デジタルで何かできないか、と考えた時に、その基盤としてマイナンバーカード活用の可能性が出てくると思う。
地方におけるDXが成功している自治体。
林氏)お二方は群馬県や静岡県など全国の自治体のDXアドバイザーをされている。地方を周られている中で、地方DXが成功している事例はあったのかお聞きしたい。
太田氏)政府がデジタル田園都市国家構想という舵をきっている中で、意図していることや仕組みを正確に理解している人がいない。デジタル田園都市国家構想に手を上げている自治体もあるが、サービスを作ったは良いが結果的に業者に丸投げになっていたり、実証実験が終わった後に地域の生活が変わることは少なかったりと、地方DXの成功事例はあまりない。
ただ、2015年以降、100か所以上の自治体をまわって、面白い取り組みをしている、“武器を持っている”地方を見つけたので紹介したい。
ギュッシング(オーストリア):再生可能エネルギーが有名。EUの再生可能エネルギーのセンターになっている。
群馬県前橋市:まえばしID(現めぶくID)が有名。まえばしIDは、GAFAが拾いきれないディープデータ(行政がもつデータやパーソナルデータ)を使うことができる。まえばしIDを活用したサービスが今年の夏のdigi田甲子園で受賞した。(※)
※…前橋市公式サイト「電子広報2022年10月号(NO.1691)」
林氏)パーソナルデータの利用についてセキュリティーやプライバシー問題についてはどうですか?
太田氏)合理的な説明と住民の納得感が重要だと思う。日本は国に対しての住民の信用度が低いのでマイナンバーカードは批判されることが多いが、地方自治体に対しての信頼は高いものがある。データが何に使われるか先に情報を提示することで、住民に納得感が生まれる。合理的な説明は大事だが、それだけでは納得は得られない。そういった意味では、信用度が高い地方は、マイナンバーカード活用のフィールドとして可能性があると思う。
日下)私は、まとまった成功事例はないと思っている。ただマイナンバーカードの普及が行政デジタル化のキーになるとは思う。そういった意味での事例を紹介したい。
石川県加賀市では、当初マイナンバーカード交付率が14%しかなかったが、7ヶ月の期間で68%にすることに成功し、総務大臣賞を受賞している。マイナンバーカードの利活用が進むように、高齢者住民のスマホ支援をしたり、自治体職員さんだけで業務効率化のフレームワークを作って200以上の行政手続きのペーパーレス化を実現するなど、一石二鳥、三鳥にもなる方法をアナログとデジタルの2つの側面からハイブリットに進めた結果だ。トップダウンではなく、自治体職員さんがちゃんと理解して進めていくことが、この事例における重要なポイントだと思う。
静岡県浜松市では、市長が中心となって、デジタル化の話題が出る前から地域企業や地域の金融機関等と一緒になって、マイナンバーカード利活用に関するワーキンググループを作っている。どういう企画を作っていくか、どういうサービスを提供するか、を考える前に、自治体職員や首長が民間企業の目線と合わせて動いている。こういった素地が出来ているのはある意味成功事例だと思う。なぜなら素地さえ出来てしまえば、足元はしっかりしているので、あとはアプリケーションを作って提供し、失敗や成功を繰り返して検証していくだけだからだ。
うまく行っていない事例の共通項は?
林氏)今までは優良事例をお話いただいた。反対に上手くいっていない事例についても共通項をお聞きしたい。
日下)交付金頼みで政策を考えるのは絶対うまくいかないと思う。交付金に集まってくるベンダーさんと10年先まで膝をつき合わせて仕事ができるのか、と考えると難しい部分がある。交付金をもらうための期限が適切に設定されず、用意する時間が少なく準備不足のまま進んでしまうなど、結局上手くいかずに実施できないということもある。サステナブルの視点がないものはうまく行っていない印象がある。
太田)交付金がもらえる、交付金があるからやる、というのは絶対失敗する。例えば先述した前橋市の取り組みは、交付金が採択されなくても実施する取り組みだった。中長期的に行政と民間がコミットしてサービスを提供し、住民の暮らしや仕事が変わるところまでやっていく取り組みを考えるべきだと思う。
また純粋な民間企業のビジネスモデルと比べて、行政は仕組みが複雑だ。例えばAmazonを利用する際に、プライバシーが気になる人は利用しない判断をすればよいが、行政の場合は、住民との合意形成が必要だったり、国からの補助金も入ったりする。その複雑さを民間企業が理解できない部分があり、うまく事業がまわらない悪循環に陥ることがある。
地方で事業を進められる人材の育成や、事業化の範囲を拡張できるような人材の確保が課題だと思う。
地方創生の未来について。
林氏)今回はお二方から様々な課題や成功事例の話があった。それらを踏まえて、今後の地方創生の未来像についてお聞きしたい。
日下)地方創生は、社会がデジタル化していく重要なカギだと思う。
例えば公共のデジタル化というのは、営利企業のビジネスと違って、住民との合意形成が何よりも大事。デジタル化をする上で、正解がわからないこともあるが、納得感もって合意形成を測れることが重要になってくる。その合意形成が地方だとやりやすい、つまりデジタルにおいては、合意形成ができる地方でもっと大きいことができるということだ。
地方には東京よりも多くのヒントや独自の課題があって、それを解決する取り組みが全国から霞ヶ関に集まる。日本独自のスマートシティモデルがたくさん出てくるので、それを世界に発信できる。オープンイノベーションで地方から世界に通用するグローバル化を目指すことができると思う。
太田)コロナの3年で一気にデジタル化が進んだ。同じように地方でも、より先鋭化してデジタル化が進む可能性があると思っている。デジタル化には世代交代が必要だが、すでにいくつかの地方では、力を持っている団塊の世代から新しい世代へ交代がはじまっている。世代交代のピークが2025〜2030年ごろなので、その時期に面白い取り組みが地方から出てくると思う。 ただ地方創生は難題なので、地方創生のホットスポットのようなものが日本各地にできて、そこで生まれたサービスが海外でも使われていくようになると思う。
最後に。
林氏)最後にお二方から、今回の全体の話をふまえて、感想や言いたいことがあったらお聞きしたい。
日下)今日はマイナンバーカードの専門家としてマイナンバーカードを中心に話した。太田さんからまえばしIDの話もあったが地方のベンチャー企業や地域企業が、5年後10年後にどうやって海外に日本モデルを売っていくかを考えるラストフェーズだと思っている。
またGovtechはIT業界最後のユートピアだと思っている。行政サービスの仕事に携わるには日本に法人登記をしなければいけないし、プラットフォーム事業をメインに行うGAFAが入ってきにくい市場だからだ。地方からグローバルに展開するには、オープンイノベーションでやっていくのが重要だと思うし、日本国内で協力し合いながら一緒にやっていくという気持ちが大切だ。
太田)デジタル田園都市国家構想の1兆円市場は大きい。その交付金にしがみつくのではなく、これから生まれる新しいサービスや企業、人材が増えるといいなと思うし、そこで役に立てればといいなと考えている。
まとめ
本レポートでは、Webiner企画「デジタルが導く地方創生の未来」の内容を書き起こした。
本件は以下のWebinarでご視聴することができます。